■ VS名古屋グランパス 前編 第41節
【勝ちたいんだ…】
「スタンドを見たカ?」
一通りの準備を終え、ロッカールームで選手を集める。少し静寂を挟んだ後、エスナイデルが最初に放った言葉だった。この大一番の前、指揮官はこんな言葉を口にしていた。
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エスナイデル
「勝利を確約する事は出来ない。ただ、素晴らしいゲームになる事は確約する。」
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名古屋にとっては今季のホーム最終戦。
J1自動昇格に向けてなんとしてでもものにしたいこの一戦に備え、チケットを大幅に値下げし、スタジアムへは約3万人の来場が見込まれていた。
更にこの試合は、佐藤兄弟の双子対決にも注目が集まっていた。
フクアリで闘った時には兄・勇人の出場が無かった為、直接マッチアップする事は無かった。
しかし、この最終盤に来て、勇人も寿人も、スタメンに名を連ねている。それも、昇格を懸けた大事な一戦だ。
メディアも大きく取り上げ、盛り上がりを見せる一戦。
目下5連勝中のジェフのサポーターも、この大一番に2000人が駆けつけた。
さて、再びロッカールーム。
監督の問いかけに、キャプテンの③近藤が答える。
近藤
「..........黄色いですね。」
スタンドを見たか?という問いにそう答えて見せた。ニヤリと不敵な笑みがこぼれる。そしてその場にいる全員が、何かスッキリとした、良い表情をしていた。
エスナイデル
「...........お前たちにもそう見えたカ?私もダ(笑)」
駆け付けた2000人のジェフサポーターでアウェイ自由席は埋めつくされ、試合前から熱い応援が続いている。
そのゴール裏の様子を見ると、まるでフクアリにいるかのようだった。
也真人
「ねぇ、弾幕見た??」
シューズの紐を結び直しながら、⑩町田が精悍な表情で問いかける。
ボムヨン
「見た。これで熱くならなかったらウソだ。」
溝渕
「............早くピッチに出たくてウズウズしてきた。」
前節、ケガにより途中交代を余儀なくされた㉘乾。すぐに病院へ向かい、手術の結果全治6か月の大けがだった事が判明した。そんな㉘乾と共に戦うべく、サポーターからは選手たちに向けてこんなメッセージが発せられた。
『乾の想いを胸に 皆で掴んで帰るぞ!』
ゴール裏に掲げられた弾幕。
スタッフ、選手、サポーター。想いは一つ。
清武
「乾のコールもあったね。届いたかな。」
比嘉
「......ぜってー届いたろ。それに、俺たちも届けるぞ!」
いよいよ試合開始の時が迫る。チームのメンタリティは最高潮に達していた。
エスナイデル
「J1でも有名なパスサッカーらしいじゃないカ。面白イ。我々のプレスで破壊して来イ‼」
『おっしゃぁぁ!!!!』
全員が士気を高めていく。声をかけ合い、手を叩いてお互いを鼓舞する。
そして、キャプテンが締める。
近藤
「うし!あとはやるだけだ。この一年間で積み上げてきたモノ。やる事は同じだ。それから................勇人くん!」
勇人
「⁉」
近藤
「最後一言、お願い!」
勇人
「一言って...........俺かよ...」
弟・寿人とはいつも一緒だった。共にボールを蹴り、切磋琢磨してきた。共にジェフのトップチームに昇格し、プロとしてのキャリアをスタートして。だが、プロになってからは全く異なった道だった。
寿人は、移籍を繰り返しながらも自分のスタイルを磨き続けて、得点王にも、MVPにも、日本代表にもなった。
一方、勇人は代表にこそ選ばれたものの、それはオシムが代表監督だから呼ばれただけで、実力ではないと考えていた。
ただ、寿人には寿人の努力があって、必ずしも自分と比較して、また悲観した事は無かった。純粋に寿人を応援できたし、妬んだりはしなかった。
自分が求めるサッカー選手としての理想は、人とは異なるのかもしれないと思い始めていた。愛するチームの為に、身を粉にして戦う。それが、自分の決めた道だった。
その為に、当時J1を戦っていた京都を離れ、年俸が下がる事を承知で、J2降格した古巣・ジェフに自らの意思で戻ってきた。いつしか自分自身の成功よりも、ジェフというクラブ自体の成功に喜びを覚えるようになった。
ただ、結果として立ちはだかるのが弟・寿人であるならば、尚更負けたくはなかった。
うーん参ったな、といった様子で下を見つめて暫くすると、全員が見つめている中、勇人はようやく口を開いた。
勇人
「なんて言うか.....................................上手い事言えないんだけど......................」
勇人
「............................勝ちたいんだ。ただそれだけだよ。」
ドクン...!
全員の、心に火がついた瞬間だった。
前半戦が始まろうとしている。
【兄弟対決】
気合十分の両チーム。スタジアムのボルテージは最高潮で、選手たちがピッチに散らばっていく。キャプテンが挨拶をかわし、そしてコイントス。ジェフがコイントスを制し、ピッチの選択権を得る。
そして、いよいよ戦いの火ぶたが切って落とされる。
ピーーーーーーーッ!
名古屋からレンタル中の⑱矢田は契約で出場が出来ない為、⑦勇人の相棒としてボランチに入ったのは⑮熊谷。そして、ケガにより離脱中の㉘乾の代わりに左SBに入ったのは㉕比嘉。
―――――名古屋は繋いでくる
となれば、得意のハイプレスを行う為に、ラインを高く設定する。この日の最終ラインは非常に高く、チーム全体をコンパクトにして地上戦に対応。
やはり名古屋は裏を狙ったり、FWに長いボールを入れるような攻撃はせず、細かくパスを繋いできた。
トップに入った㉘玉田が頻繁に中盤に下がってきて、中盤の厚みを作り出す。入れ替わり立ち代わりで最前線と中盤で入れ替わりが起こる為、ジェフはそこに苦労していた。
とはいえ、名古屋は必要以上にパス回しに終始してくる部分もあり、ジェフはプレスをかけ続ける事でゴール前まで迫られる事なく潰す事が出来ていた。
だが一方、ボールを奪った後のミスが目立つ。大一番での固さが出たか、横パスがとにかく相手に引っかかる。お互いが中盤で潰し合う時間が暫く続いた。
12分。
前半最初のビッグチャンスを生み出したのはジェフ。
ジェフの左サイドで名古屋がフリーキックを獲得すると、これを中央に放り込む!
優也
「キーパー!」
GK佐藤からキーパーの声がかかる。少し高く上がったクロスの落下地点にGK佐藤が入った時だった。
也真人
「......」
最前線で一人カウンターを待ち構えていた⑩町田がすっと息を吸い込むと、踵を返して一気に前線に走り出す!
名古屋DF
「⁉」
そしてこのクロスをGK佐藤が難なくキャッチした瞬間、一瞬だけ顔を上げて、すぐさまパントキック!
優也
「ヤマトォォォ!」
鋭く伸びるロングフィードが⑩町田の目の前に落ちてきた!
也真人
「(.......さすが優也くん!)」
名古屋はGKが前に出て処理するのか、DFが対応するのか、逡巡する。その瞬間に⑩町田が前に体一つ出て、がら空きになったゴールへループシュートを放つ!
しかし。
実況
「あぁぁぁぁーーーっと、これは惜しくも枠の上ーーーー‼」
少し角度もついていて、難しいシュートは枠の上。だが、名古屋に十分な圧力を与えた。
名古屋DF
「(........スカウティングで知ってはいたものの......本当に一瞬でビッグチャンスを作り出してきやがる...!)」
序盤、固さの見えたジェフだったが、徐々にその固さも取れてきた。名古屋はボランチをかなり前に上げて、FWと中盤の間をかなりコンパクトにしている。だが、ジェフからすればそれは格好の餌食だった。
近藤
「いいのかよ。そんなに後ろをスカスカにして..........ゴールまで一瞬だぜ?」
長いボールが⑨ラリベイに収まる!名古屋は中盤が高い位置を取っている事で、DFラインの前に大きなスペースがある。⑨ラリベイにボールが出た瞬間、いち早くこのスペースへジェフの2列目が飛び込んでいく!
⑨ラリベイに対して⑪船山がすぐさまサポート。そして、左ワイドで走り出した⑬為田にボールが出る!
名古屋サポ
「なんだこいつら...................むちゃくちゃテンポ速ぇ.........!」
ジェフが着実に名古屋ゴールに迫る。時折名古屋に危険なシーンを作られるも、全員が最後の最後で足を伸ばす。
一人抜かれてももう一人。二人。三人と取り囲んでいく。
抜かれてもすぐさまダッシュで戻り、体を投げ出す。
名古屋
「..........く..............こいつら次から次へと.....................!」
この日、久しぶりにスタメンに帰ってきたこの男も奮闘する。
熊谷
「(今はまだ.........旭君の代役としてこの椅子に”座らせて貰ってる”だけだ.......
でも今はそれでも構わない!代役だろうと何だろうと構わないから.........................
死に物狂いで勝って帰らないと、旭君に顔向け出来ねぇ‼)」
物凄い圧力で敵に襲い掛かる!だが、それでも相手は強敵・名古屋。一筋縄にはいかない!⑮熊谷が奪ったボールが、すぐさま奪い返される!
熊谷
「くっ...........!」
バチィィ!
勇人
「ボケっとすんな、アンドリュー!次来るぞ‼」
熊谷
「ゆ、勇人さん.........‼」
この日、⑦勇人は明らかに気合の入り方が違っていた。弟・寿人を意識しているのかいないのか。それはともかくとして、この試合にかける気迫、集中力はすさまじいものがあった。⑮熊谷は、この男の隣でプレー出来ている幸せを感じずにはいられなかった。
......だがそれは、⑦勇人も同じ気持ちだった。
勇人
「(スゲーよ、アンドリュー.....元々持ち合わせていた足元の技術、長短のパスの使い分けに加えて、その対人能力。
旭だってそうだ。飄々と涼しい顔しながらどこまでも走るし、一つ一つのプレーの精度が高い。
お前ら二人とも、いつも見ていてワクワクするよ............)」
この試合絶対に勝ちたい。その想いは紛れもなく真実だ。
ただ、⑦勇人は純粋に楽しんでいた。
物凄い後輩たちが着実に成長を遂げ、そして自分自身もまた成長を感じられる。共に難しい戦術に挑み、試合が終わる頃にはヘトヘトだけれど、サポーターの笑顔を見ればそんな疲れは吹っ飛ぶし、仲間に腕を引かれて、肩にもたれて、やっとの事で立てる。
それが心地よかった。
ピピーーーーーーーーーーー!
前半終了を告げるホイッスルが鳴り響く。前半をジェフのペースで進める事が出来たが、スコアはまだ動いていない。ロッカールームに引き上げる選手たち。
その中に一人、肩で息をしながらも不敵な笑みを浮かべる男がいた。
背中に刻まれた「10」のエースナンバー。
也真人
「行かなくちゃ...................”みんな”待ってる...!」
行かなくちゃ...?一体どこへ。そして”みんな”と。
町田也真人は確かにそう呟いた。
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