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7/15(日)
フクダ電子アリーナ。

天候は晴れ。
真夏日。


時刻は16:20。

Lゲート前。
つまりは東2ゲートを上がってすぐの所。




「よっ!お待たせ~。」

30歳くらいの男が、むくれた表情の女の子に声をかける。


千種(ちぐさ)
「遅い!遅い!遅い!!
スタジアムが開場するくらいにはちゃんと来なさいよー!!」



「あ~、すまんすまん。
あまりの暑さに時計が壊れたみたいだ。」


千種
「壊れてるのは"酒々井"の頭じゃないの!?
早く行くよ!席取っといたから!」




猿楽場酒々井(さかくばしすい)。
31歳。

ジェフの少し古いトレーニングウェアを着て現れたその男は、千種に腕を引かれてSA自由席へと入っていった。


基本的にはいつもこの二人はセットで試合を観戦している。
SA自由席がお決まりで、二人ともシーズンシートを持っている。

優先入場の権利があるのだが、酒々井は一度も優先入場で入場した事が無い。





さて改めて。




この日はJ2第23節。
ツエーゲン金沢とのホームゲーム。

前半戦を折り返したというのに、なかなか上昇の兆しが見えてこないジェフ。
流石に降格圏とまではいかないものの、下から数えた方が早い順位。

そんな絶不調の中で、今期左SBとして獲得した㉗高木が柏に移籍する事が決定。
完全に引き抜かれた形だ。


チームの心臓、⑱熊谷アンドリューにもJ1ビッグクラブからオファーが届いたというが、彼は条件も聞かず、相手方と顔を合わせる事もなく、二つ返事で断ったという。




船山
「....アンドリュー、良かったのかよ?実力的にも、結構良いトコ行けたんじゃねーの?」

熊谷
「まぁ、あの規模のクラブが俺にどれくらいの条件を提示してくるのかは興味ありましたけど、どの道断るなら最初から断った方がお互いの為かなって。
なんだかんだ居心地良いし。ジェフ。
それに、去年迷惑かけた中でも、サポーターが良くしてくれたし。」

船山
「最終的には自分勝手で良いと思うけどな。」

熊谷
「うーん、まぁ自分の為でもあるんスよ。自分はやっぱりジェフに来て相当変われたし、でもまだまだ成長出来る部分がありそうだから。
ここでトレーニングしていた方が、自分としては良い成長が出来ると思ってるんスよね。」

船山
「若いのによく考えてんだなー。」

熊谷
「(タカユキ君....そのセリフはおっさん臭いぞ...)」



スタジアムに向かう直前、ユナイテッドパークでの会話だった。





今となってはミスタージェフの番号に近い存在になり始めた背番号⑱。
熊谷が背負うとは誰も予想していなかったが、周りが思っていた以上に、彼には黄色い血が脈々と流れているようだった。

そんな彼の男気溢れる残留のニュースを受け、サポーターは大きな期待を寄せていた。


⑱熊谷がそういうのなら、まだまだ戦えるかもしれない。
まだ諦めてなんかいない。ここから挽回できる。



千種
「...今日はきっと勝てるよね...!」

酒々井
「...................................」


口いっぱいにソーセージを詰め込んで選手たちを見守る千種と、前かがみになって鋭い眼光でピッチを見つめる酒々井。
SA自由席の2階席最前列で並んでいる。



日が暮れてもまだまだ気温の高い18時。
試合開始のホイッスルが鳴り響くーーーーー





ピーーーーーーーッ!!!





まずはメンバー。
ジェフはスタメンを大きく入れ替えて臨む。

システムは3-4-3。
3バックに左から④エベルト、⑤増嶋、㉖岡野を起用。
中盤は2ボランチ。⑱熊谷と⑭小島が並ぶ。
両WBは左に㉘乾、右に㉕茶島。
3トップには⑬為田、⑨ラリベイ、⑪船山。


4-4-2の金沢とのマッチアップは、中央に大きなスペースが出来る形。
このスペースを互いにどう活用、対応するかが一つカギとなりそうだが、両チーム共に2ボランチが積極的に前に出る。
守備時には積極的に前に出て、相手の2ボランチを潰しにかかる。

プレスの激しい立ち上がりとなった。


そんな中主導権を握ったのは金沢。


11分には金沢2トップが強いプレス。
それに連動した金沢の中盤がジェフを捕まえ、そのままショートカウンター。

左サイドからアーリークロスを放り込まれるも、ここはGK優也が飛び込みパンチングで難を逃れる。


しかし13分。




小島
「タメ!!そこは出ちゃダメだ!!!」


相手のビルドアップを潰しにかかった⑬為田があっさりと横パスでかわされると、連動しないわけにはいかなくなった㉘乾が遅れてプレスに出る。

しかし、遅れたプレスはあっさりかわされ、左サイドの膨大なスペースの独走を許す!




エベルト
「クッ....................!!」




後方で対応した④エベルトも、スピードに乗った相手についていく事が出来ず、グラウンダーのクロスを送り込まれる!

中央、しっかりとマークにはついていたものの、丁寧な落としをエリア内で収められr⑤増嶋のタックルでバランスを崩させるも、狭い所を通されゴールネットを揺らされてしまう...!





0-1




開始13分の時点で先制点を許す展開に...







千種
「あぁぁーーーーー!!!もう!!最近あっさり点取られ過ぎだよぉ!!」


酒々井
「ボールはジェフが持ってる。...でもこれまたいつも通り、"持ってるだけ"だな。」






18分には中盤で相手を囲みにかかるが奪いきれず、中央に集中したジェフの守備をあざ笑うかのように左サイドの広大なスペースへ。


クロスは逆サイドまで流れるも、この折り返しに対応した⑤増嶋のクリアが短く、強烈なシュートを浴びる!!











ガシィ!!









これは⑭小島が飛び込み、なんとか体に当てて凌ぐ。

どうにも波に乗り切れないジェフは20分過ぎからシステムを変更。
⑪船山をトップ下に、㉕茶島を1列上げて右サイド。
㉖岡野を右SBにして4-2-3-1とした。



しかし、ここからは徐々に㉖岡野が狙われるようになる。
プレスをかけられた時の対応が悪く、ミスやロストが目立ち始めてきた。








ピピーーーーーッ!!









㉖岡野 → ⑥山本


前半35分での交代だった。






酒々井
「..........DFが前半に怪我でもなく交代されるのは結構シビアな事だよ。
例え、戦術的な理由であろうとね。
もちろん、システムが変更になって、本来CBの㉖岡野が右SBをこなすのはちょっと難しい。
それは仕方のない事なんだけど...

実際、ジェフの流れを断ち切っていたのはあそこであるならば、替えざるを得ないなぁ。」





一方、左の㉘乾の出来も良くなかった。

左から3本程立て続けにクロスを上げる機会があったが、全て流れてゴールキックになってしまう。
ファーサイドに流れるのではなく、ゴールラインを割ってしまうのは、ミス以外の何物でもなかった。



熊谷
「おいおいおい!!!一体何回目だ!?
流石に話にならねぇだろーがよ!!!」

いつも淡々とプレーを続ける⑱熊谷も、これには強い言葉を投げかける!


全くシュートに繋げる事が出来ず、攻略の糸口も見えないかと思われた45分。





左コーナーキック。
時計はもう45分を迎える所。

キッカー⑪船山が蹴り込んだボールを中央......⑤増嶋がフリック!








ラリベイ
「................待っていたヨ!!」















ガシュ!!!!










ファーサイドで走り込んだ⑨ラリベイが落下地点にいち早く入り、目の前のゴールに蹴り込んだ!










実況
「ゴォォォォォォォォォォル!!!!追いついたホームのジェフ千葉!!時間的にも素晴らしい一撃ぃぃぃ!!!!」


解説
「これは大きい!!前半の内に追いついた事で後半のプランニングが一気に変わりますよ!」








増嶋
「ナイス!!ラリベイ!!!」


ラリベイ
「素晴らしいボールだったナ!!」


為田
「苦しい時に取ってくれるもんなぁ♪」









前半終了間際になんとか振り出しに戻したジェフ。
後半、ホームでの強さを見せる事が出来るのか。

だが、セットプレーで返したものの、試合の流れ自体は金沢。
そこを修正する事は出来るのか。





千種
「うーーーーーん。
うーーーーーーーーーーーん...
なんとか追いついたものの...うーん.....
酒々井、なんか言ってよ!」






酒々井
「そうだなー。
ジェフは自分たちのスタイルを目指しているようで見失ってんじゃないかなー。
いつも調子が良い時にはどんなプレーを選択して、どんな事が出来ていたのか。

..............果たして、後方からビルドアップで崩す形が自分たちのスタイルだっけかな?」









少し残念そうな表情を浮かべながら椅子にもたれて話す酒々井。
でも最後に、頑張れよ。と呟くように声をかけた時の表情は、何か暖かいものがあった。















続く

※選手のセリフ、心情は全て妄想です。フィクションです。
試合の分析はいつも通り行っておりますので試合の流れ自体はノンフィクションですが、何卒ご留意下さい。